2017年3月10日金曜日

知ってる気になっている「ドーピング」

「ドーピングって何だか知っていますか?」

と質問した時に多く聞かれる答えは、

「使ってはいけない薬を使うこと」

というものでしょう。多分。きっと(私の今回のサンプル数n=10くらいです)。

では、この答えは正しいのか?

正しいと思いますという人は、ドーピングって何なのかを学んでもらいたいと思います。

「何が禁止されているかよく分からない」

と答えた人、

そうですね。そう思います。

何が禁止されているか分かりにくいというのもありますが、

現在の禁止物質リストはネガティブリストのような形式での採用となっています。


”引用”
大辞林 第三版の解説

ネガティブリスト【negative list】

禁止されている対象を列挙し、それ以外は許可するという方法で作成された一覧表。



基本的にドーピングは禁止だからね、
このリストに載っている薬以外でも、
以下に挙げるような効果があると思われるものは使ってはダメだからね、

となっています。

先日、陸上競技の4×100mリレーで2008年の北京オリンピックの金メダル獲得に貢献したジャマイカチームのメンバーの1人、

ネスタ・カーターからメチルヘキサンアミンが検出されたということで金メダルが剥奪されました。

このメチルヘキサンアミンが禁止リストに掲載されるようになったのが2010年です。

2008年時点ではリストに載っていませんが、先にも挙げたように


基本的にドーピングは禁止だからね、
このリストに載っている薬以外でも、
以下に挙げるような効果があると思われるものは使ってはダメだからね、


ということに引っかかります。

リストに載っていないから知らない、禁止されているような効果があったとは分からない、
 このような反論をすることが出来ますので、

2017年2月17日にスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴しました。

異議申し立てをして係争している間は出場停止などの処分も課されない方針のようです。

まぁこの出来事はとても難しいわけでして、


「リストに載っていないもので禁止されている効果があるものを知っているか? 」


という質問をされて、はい知っています、と答えられる人は少ないでしょう。

それを専門で研究している人でないと難しいかと思います。

この出来事は我々の身近でも起こっておかしくない話です。

2017年からヒゲナミンが禁止物質に指定されたことで話題になりましたが、

ヒゲナミンはベータ2作用薬というものになります。

これはいきなりこのような機能を持つようになったわけではありません。

つまり、

ヒゲナミンは昔からずっと禁止されていた

ということです。

2017年からリストに掲載されただけです。昔からずっと禁止される機能を保有していたので、

禁止物質です。


今年から禁止リストに掲載されただけ


この点を理解してもらえれば。

歴史的な話を含めたまとめは日本体育協会さんの資料を見てもらっても良いと思います。

http://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data/ikusei/doc/k3-43.pdf



ではドーピングの禁止物質に関する話を少し詳しく。大雑把に。

まず、JADAが翻訳している日本語版の禁止表国際標準を見ますと、

http://www.playtruejapan.org/wp/wp-content/uploads/2016/12/3d0fcdb70bcf45de26a66192cd2a7dd7-2.pdf

S0.無承認物質

というのが一番最初に来ています。


”禁止表のどのセクションにも対応せず人体への治療目的使用が現在どの政府保健医療当局でも承認されていない薬物(例えば、前臨床段階、臨床開発中、あるいは臨床開発が中止になった薬物、デザイナードラッグ、動物への使用のみが承認されている物質”


これは常に使用禁止となっています。

簡単に言えば薬として市場に出回っていないもの、となりますかね。

莫大な金額を費やして政府や製薬会社がスポーツのために開発しても、

それは使用禁止です。

パフォーマンスが上がるけど死ぬ確率も高まることなどが分かりませんので。

これの問題点は検査で発覚しにくいということですかね。

新しい物質が開発されていた場合は当面は検知しにくいですし、

体内にあるものであったり排出されやすかったりした場合、 

チェックに引っ掛かりにくくなります。

なお、検査と簡単に言いますが、全ての物質を検査できるわけでは無いので、

時間が掛かります。スイッチ一つで全ての構成成分を判別出来る、

とても便利な機械は今の所まだ無いです。


島津製作所
http://www.an.shimadzu.co.jp/topics/bridge/bridge19.htm

LSIメディエンス
http://www.medience.co.jp/doping/


だから試合前に検査をして違反のある選手は除外する、

ということが出来ないわけです。


さて、デザイナードラッグでwikipediaを見ますと、

陸上競技のマリオン・ジョーンズの違反が出てきますね。


テトラヒドロゲストリノン(THG、クリア)

アメリカ食品医薬品局(FDA)が当時はまだ認知していなかった薬ということです。

この記事の中にリガンドやアゴニストという言葉がありますが、

これがドーピングが効く理由です。

体内では様々な物質がレセプター(受容体)と結合して機能します。

このレセプターに結合する物質はリガンドと呼ばれます。

結合することで機能が発揮されるわけですが、

このリガンド(結合する物質)と似ている物質を結合させて効果を高めたり抑制させるのが、

ドーピングの狙いです。

結合して受容体を機能させるものをアゴニスト、

受容体の機能をさせなくするものがアンタゴニストと呼ばれます。

例えば、体内には筋肉を肥大させようとする刺激を出す物質がある一方で、

筋肉を肥大させないようにする物質もあります。

通常では肥大させようとする物質が決まっていますが、

これをさらに効果を高める物質を結合させてより効果的に筋肥大させるのがドーピングの効果、

となります。

筋肉を肥大させないようにする物質を働かせないようにするため、

機能を失わせるような結合をさせることで筋肉が肥大するようにしていく、

というやり方も出来るわけです。

体内で決まっている結合を無視して外部から似た物質を投与して結合させる。

これによって副作用などが生じる可能性が高いから(実際に高いことも多い)、

ドーピングは禁止されるわけです。



ここまでを理解してもらえば十分です。

お付き合いありがとうございました。

興味がある人は続きをどうぞ。



話を戻して禁止表を見ますと、


S1.蛋白同化薬


というのがありまして、さらにS1.1として蛋白同化男性かステロイド薬のリストが書いてあります。

ここを見てもらいますと、既に述べた通りに、


例としては以下の物質がある


という記載があります。さらにリストの下には


及び類似の化学構造又は類似の生物学的効果を有するもの


という文もあります。

何度も言うことになりますが、
リストに掲載されていなくても蛋白同化薬としての機能があるものはダメだからね、

何とは断定できないから例を挙げておくからね、
これは例だからね、気を付けてね、載ってなくても使ったらダメ

ということになります。

人間の身体の構造が100%解析されたわけでは無いですし、

地球上に存在する全ての物質の機能が100%解析されているわけではない現状、

ドーピングを完璧に防ぐことは不可能ということです。

規制物質を緩和しようと言う人もいるかもしれませんが、

何度も言いますが物質はリストに掲載されているだけであり、

その効果が問題になるわけです。


リストで述べた効果があるものは全部禁止、


という分かりやすい形にしていますが、その効果があるものがどれなのか未だに不明、

というのが現在の科学の状況ということも言えるかもしれません。人間の身体は複雑なので。

人体実験もしにくいので。

なお、

ドーピング規制薬物を利用したトレーニング適応の分子機構の解析
https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-17500421/

こういった研究も行われているわけです。

禁止物質は身体能力の向上に効果があることがほとんどだから禁止されているわけで、

じゃあどうして効果があるのか調べよう、

ドーピングとならない方法で選手を強くしよう、という研究をしている人もいます。

最新の研究を追わないとダメな理由の一つはこの辺りにあるかと思います。


S2.ペプチドホルモン、成長因子、関連物質および模倣物質
S3.ベータ2作用薬
S4.ホルモン調整薬および代謝調節薬
S5.利尿薬および隠蔽薬

以上が常に禁止されるものです。

細かく一つずつ見ても大変ですし長くなりすぎたので省略。

さらに試合においてのみ使用禁止というものが以下になります。

S6.興奮薬
S7.麻薬
S8.カンナビノイド
S9.糖質コルチコイド

先述のネスタ・カーターのメチルヘキサンアミンはS6の特定物質である興奮薬、

これに引っ掛かりました。現在はリストに記載されていますが、当時は記載なし。

さらには特定競技において禁止される物質としてアルコールとベータ遮断薬があります。

詳しくもっと知りたいという人はJADAのサイトなどを見ると良いと思います。


JADAアスリートサイト「PLAYTRUE」
http://www.realchampion.jp/

JADA(日本アンチ・ドーピング機構)
http://www.playtruejapan.org/


ということで、

ドーピングというのは人間の身体が本来持っている機能を変化させ、

より能力を高めようとする行為であり、

その効果があると考えられる物質は全て禁止されている。

副作用による死亡リスクの高まりその他の理由から禁止されているが、

その物質の効果を知ることで人間の持つ機能が分かるため、

興味深い研究対象でもある、

ということがなんとなく分かって頂ければ。

タンパク質の摂取などがドーピングとならない理由は、

人間が本来持っている機能を変化させるわけではないからですね。



筋肉増やすぞ!!というスイッチを強制的に入れるのがドーピングであり、

このスイッチが入らないと増える量の限界は決まっている



という感じで理解してもらえれば。

限界に効率よく近づけるために摂取するのたタンパク質の摂取となります。

タンパク質を摂取しても人間が本来持っている機能を活性化するだけだから、

ドーピングとはならない、と。

ただ、我々が普段食べている物の中にも強制的にスイッチを入れるものがあったりするかもしれず、

知らぬ間にドーピングしてしまっている可能性もありますよ、

だから少なくとも禁止リストくらいは知っておいて注意しましょう、

ということです。


追記

省略しましたが質問があったので追加を。

禁止方法という規定もありまして、

M1.血液および血液成分の操作

これは自己輸血などで知られているかと思います。自分の血液や他人の血液をいかなる量でも体内に入れることは禁止です。 血管内で血液成分を操作することも禁止です

M2.化学的および物理的操作

これは尿のすりかえなどを想定していますが、とにかく検体を変化させるようなことは禁止です。
また、静脈内注射や注入も6時間で50ml を超えるような投与は禁止です。救急車で運ばれている時や病院で受診している時、手術中など正当な医療手段である場合は大丈夫です。
ニンニク注射と呼ばれるもので引っ掛かるのがこれですね。

M3.遺伝子ドーピング

最近話題のやつですね。効果があるかは明確ではないが、核酸のポリマーや核酸類似物質の移入を禁じています。細胞の使用、というのも禁止されていますので、iPS細胞なんかはダメとなるのでしょう。


いつどこでドーピングに引っ掛かるのかは分かりませんので、競技者としては常に自分の身体に何が入ったかを確認しておく必要があると思います。ファンの人から手作りのお菓子を差し入れられても、検査対象となっている選手は食べると危険がある、ということになるので貰っても食べられない、そういう理解も広まってもらいたいですね。悪意のある人でなくても、知らずにドーピングに引っ掛かる物質を使ってしまっている可能性はあるので。

アスリートの体重減少の簡単なレビュー記事(ゲータレードスポーツ科学研究所#159)

SSE #159: Protein and Exercise in Weight Loss: Considerations for Athletes

http://www.gssiweb.org/en/Article/sse-159-protein-and-exercise-in-weight-loss-considerations-for-athletes

Stuart M. Phillips, PhD

体重減少がアスリートのパフォーマンスにどのような影響を与えるかは、

まだ明確になっていないが、多くの事例から推測することが出来る。

30以上の論文のデータを提示しながら述べていますし、

簡潔に書かれているので読みやすいと思います。


他にも良い記事があるので、そちらも是非。

2017年3月9日木曜日

ギプス固定による筋肉の萎縮からの回復にはホエイがカゼインよりも効果的

Whey proteins are more efficient than casein in the recovery of muscle functional properties following a casting induced muscle atrophy


https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24069411

PLoS One. 2013 Sep 19;8(9):e75408. doi: 10.1371/journal.pone.0075408. eCollection 2013.

Martin V, Ratel S, Siracusa J, Le Ruyet P, Savary-Auzeloux I, Combaret L, Guillet C, Dardevet D

ギプス(ドイツ語、英語ではcasting)での固定は筋肉の活動を制限するため、

筋肉が萎縮することが知られているが、タンパク質の摂取によって筋肉は増えることが知られているので、

ギプスでの固定時にタンパク質を摂取したらどのような変化が起こるかをマウスで実験。

1か月半ほどで回復し、素早い回復にはホエイが効果的であった。


Free

今後の課題として人間での実験と書いてある通り、

マウスでの実験をそのまま人間にあてはめられるかは微妙なところですね。

トルクも固定による可動範囲の低下から機能回復による変化を受けて向上、

ということが見られるように、不明な点も多いですので。

取りあえず、ケガした時は運動量が減って刺激が減るから、

 ホエイの摂取をしておこう、となりますかね。

2017年3月8日水曜日

食後に行ったレジスタンストレーニングによる筋線維でのタンパク質合成

Myofibrillar muscle protein synthesis rates subsequent to a meal in response to increasing doses of whey protein at rest and after resistance exercis

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24257722

Am J Clin Nutr. 2014 Jan;99(1):86-95. doi: 10.3945/ajcn.112.055517. Epub 2013 Nov 20.

Witard OC, Jackman SR, Breen L, Smith K, Selby A, Tipton KD.

筋肉の増加には筋肉の分解と合成のバランスがプラスになることが大事である。

高齢者では40gのホエイ(8)やソイ(9)が20gの摂取よりも効果的であった。

若者ではレジスタンストレーニングを実践している人で20gの卵(EAAにして8.6g)を摂取したデータがある(4)。

40gだとロイシンの酸化速度が高まった。

これまでの研究は一晩を経て絶食状態の被験者で行われているが、

これは日常的に行われるトレーニングと同じ状態には無い。

朝食を摂取した1時間後にレジスタンストレーニングを実施したデータ(12)では、

食後に起こった筋肉のタンパク質合成をより高めた。

今回の実験では食事をした3時間後の運動とタンパク質の摂取がどのような効果を与えか、

実際に行われるトレーニング条件に近づけて実施してみた。

48人の趣味的にウエイトトレーニングを行っている男性被験者。

食後に下半身のレジスタンストレーニングを実施し、

その後に0,10,20,40gのホエイタンパク質を摂取。

血中のインスリンは40gの摂取が他の群に比べて全て有意、20gは0gに比べて有意。

フェニルアラニンとロイシンは運動によって減少したが、

摂取した後に40gが有意に上昇(ロイシンのピーク値は20gの1.5倍ほど)、

結果としては、

タンパク質が<45gと豊富に含まれる食事をした3時間45分ほど後に測定をすると、

ホエイの摂取は20g程度で筋原線維のタンパク質合成は最大値に達する。

アミノ酸の酸化や尿素の生成は20gと40gで多くなる。

普段トレーニングをしている人が、食事の後にトレーニングを実施するならば、

20g程度のホエイプロテインの摂取で筋肉のタンパク質合成は最大化されると考えられる。


Free

実験は定量化するために絶食状態で行うのがほとんどですが、

それだと実際のトレーニングをしている人に役立つか分からないので、

普段の日常に近づけて実験をしてみたデータです。

朝食で十分な量のタンパク質を摂取したのであれば、

3時間後に行う運動後は20gほどの摂取で十分であり、

それ以上の摂取は筋肉の合成には使われなさそうであるが、

まだ分からない面も多いから今後も継続、

という感じですかね。

まぁタンパク質を40gと十分な摂取が行えれば、

4時間程度は何もしないで大丈夫とも言えそうな感じですかね。

筋肉の分解が不安な人も多いかと思いますが、

絶食での実験データに引っ張られ過ぎてきたのかもしれない、

と。

2017年3月7日火曜日

骨格筋の遺伝子発現プロファイルはカロリー制限下においてタンパク質とカルシウムによって制御される

Skeletal muscle gene expression profile is modified by dietary protein source and calcium during energy restriction

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/21525773

J Nutrigenet Nutrigenomics. 2011;4(1):49-62. doi: 10.1159/000327132. Epub 2011 Apr 28.

Tauriain en E, Storvik M, Finckenberg P, Merasto S, Martonen E, Pilvi TK,

Korpela R, Mervaala EM.

ゲノム解析により人間の遺伝子特定は出来たが、

遺伝子がどのように発現するかはまだまだ不明である。

肥満のマウスにカゼイン、ホエイにカルシウム、αラクトアルブミンにカルシウムを加えた食事を用いて実験。

カルシウムを添加した群ではカゼインに比べてAldh1a7, Fasn, leptin, Nr4a3, Scd1 のmRNAが減少した。

ホエイの方が肥満に対する抑制効果があることが考えられる。



この辺りに関しては、

http://togotv.dbcls.jp/20150204.html

www.ps.noda.tus.ac.jp/wp_miyazaki/wp-content/uploads/2016/11/MurakamiY8Dec.pdf

これらを見てもらいますと、少しは理解が進むのかな、と思います。

今まではタンパク質を摂取して筋肉が肥大したからこれは効果がある、

といったことが言われてきましたが、

今後は遺伝子発現プロファイルを見て、

この遺伝子情報が変化しているから、この遺伝子を刺激するようなことをやれば筋肉が、

脂肪が、以下略といったことが言われるようになるであろう、という話です。

この実験ではタンパク質の種類によって刺激される情報が違う、ということを示しました。

カゼインとホエイでの違いは多くの実験で明らかになっていますが、

これがさらに細かい遺伝情報レベルでも分かってきている、

そんなお話です。