2026年8月18日火曜日

メッシの代わりに周りが走っているという話は本当か①

まずは アルゼンチンvsアルジェリアのスタッツ。
FIFAのデータを参照し、CHATGPTを活用して数値化しているので、ちょっとおかしい点があるかもしれないですが、目視である程度確認した結果としては大きなズレはないはずです。
Zone 1: 0-7 km/h (m)
Zone 2: 7-15 km/h (m)
Zone 3: 15-20 km/h (m)
Zone 4: 20-25 km/h (m)
Zone 5: 25+ km/h (m)
これがFIFAの定義する速度帯になっています。
で、アルゼンチン-アルジェリアをした数値が以下の通り。
Total    : -931.8
Zone 1: 3918.9
Zone 2: -2294.9
Zone 3: -2098.7
Zone 4: -794
Zone 5: 337.1

2018年のワールドカップを対象にして分析をした研究がありまして、そちらのabstractを参考にしてみると、

Physical activities according to playing positions, match outcome, and halves during the 2018 Soccer World Cup
ALEXIS UGALDE-RAMÍREZ
Journal of Physical Education and Sport Published online: December 30, 2020
DOI:10.7752/jpes.2020.06490

・本研究の目的は、2018年サッカーワールドカップにおいて、ポジション、試合結果、および前後半の違いに応じて、身体活動(physical activities)を比較すること
・FIFAによって報告されたデータを使用した。試合に少なくとも90分間出場した選手のみを対象
・合計866件の観測データ(observations)について、以下の8種類の身体活動を分析した。
総移動距離(total distance covered)(m/min)
立位(standing)(7 km/h未満)における移動距離(m/min)
歩行(walking)(7–15 km/h)における移動距離(m/min)
ジョギング(jogging)(15–20 km/h)における移動距離(m/min)
ランニング(running)(20–25 km/h)における移動距離(m/min)
高速走(high-speed running)(25 km/h超)における移動距離(m/min)
最大速度(maximal speed)(km/h)
1試合あたりのスプリント回数(quantity of sprints per match)
5つのポジション
センターディフェンダー(CD)
サイドバック/フルバック(FB)
セントラルミッドフィールダー(CM)
ワイドミッドフィールダー(WM)
センターフォワード(CF)
3つの試合結果
勝利(won)
敗戦(lost)
引き分け(drew)
2つのハーフ
前半(first half)
後半(second half)

・勝利したチームのWMは、引き分けたチームや敗戦したチームのWMよりも、高速走(high-speed running、Zone5)においてより長い距離を移動していた
・WMとFBは、前半・後半の両方において25 km/hを超える速度域で、より長い距離を移動
・CDの最大速度は、チームが勝利した場合には、敗戦したチームのCDと比較して低かった
・勝利したチームの選手は、前半・後半の両方において、7 km/h未満の速度域でより長い距離を移動
・7–15 km/hおよび15–20 km/hの強度における移動距離は、すべてのポジションで後半に減少
・チームが引き分けまたは敗戦した場合、選手は後半に25 km/hを超える速度域で移動する距離が少なくなった
・サイドのポジションにいる選手が行う高速走は、チームのパフォーマンスを区別する要因となる可能性がある

この論文だけだとイマイチなので2014年の分析も見てみましょう。
Technical and physical analysis of the 2014 FIFA World Cup Brazil: winners vs. losers
Michael C Rumpf et.al
Sports Med Phys Fitness. 2017 Oct;57(10):1338-1343. doi: 10.23736/S0022-4707.16.06440-9. Epub 2016 May 11
・勝者と敗者が明確に決定した42試合を対象
・勝利したチームが有意に高い値(P<0.05)だったもの→得点数、セットプレーからの得点数、枠内シュート1本あたりの得点、枠内シュート数、シュート正確性(shot accuracy)、受けたイエローカードの数の少なさ
・シュート正確性(shot accuracy)が勝利を予測する最も優れた指標であった
・身体的パフォーマンスに関するパラメータについては、勝利チームと敗戦チームとの間に有意な差は認められなかった
・オープンプレーからの得点効率だけでなく、セットプレーからの得点効率も、ワールドカップ大会で勝利するために重要であることが示された
・このレベルの大会においては、身体的パフォーマンスは、勝者と敗者を区別する要因ではなかった

サッカーはワールドカップなど大きな大会などの結果を受けて、戦術が変化していくスポーツであり、チャンピオンズリーグは毎年のように数値が変化する競技となっています。

The seven phases of match status differentiate the running performance of soccer players in UEFA Champions League
Marek Konefał et.al
Scientific Reports volume 13, Article number: 6675 (2023)
https://doi.org/10.1038/s41598-023-33910-9

2020/21シーズンのUEFAチャンピオンズリーグの分析
・最も長いTDC(総移動距離)を記録したのは、
DW(Drawing to Winning):同点から勝ち
DL(Drawing to Losing):同点から負け
DD(Drawing to Drawing):同点の状態を維持
の局面

・最も多い高強度走行距離は、
DW(Drawing to Winning):同点から勝ち
DL(Drawing to Losing):同点から負け
LL(Losing to Losing):負けている状態を維持
で記録

・最も短い総移動距離および高強度走行距離は、WD(勝利から同点へ)の局面で記録

ただ、失点した時間などの問題もあるので、これだけで話を見ていくのもイマイチですが、とりあえずは走ったら勝てる、点が取れるというものでもなく、逆に走ったら失点を防げるというものでもない、という基本がまずは分かればよいかと思います。で、冒頭のアルゼンチンの話に戻ります。2026年のワールドカップの初戦です。メッシが3点を決めているわけですが、当然ながらチームで最も走行距離が短いのがメッシです。そんなメッシを擁しているアルゼンチンですが、アルジェリアとの走行距離の合計を見ると931.8mしか少なくないという結果に。どちらのチームも16人出ているので、1人で見たら60mくらいしか違いが出ていません。15人と16人という見方をしても、1人あたりでの距離はそこまでの差にならないと思われます。ちなみに合計距離は6808.4mなメッシですが、
Zone 1: 4149.4
Zone 2: 1569.2
Zone 3: 670.2
Zone 4: 357.6
Zone 5: 62.0
といった内訳です。ほとんどが歩いていると言われるわけですが、61%がZone1となっています。90分フルで出場した選手ではリサンドロ・マルティネスが50%ほどですが、これはポジションによるものでしょう。後ろに残る場面が多かったと思われます。そしてほとんどの選手はZone2、歩行(walking)(7–15 km/h)における移動距離、が40%を超えるところにいます。メッシは23%ですね。ただ、メッシはZone4だと割合だけ見ると上位になります。距離だと357mなのでそこまでです。55分から出場のアルバレスが8%で多くなっていますが、35分の出場ながらZone4においてメッシとほぼ同じ距離を走っています。

そしてここでメッシよりも走っていないのがアリスターです。Zone4と5ではメッシよりも圧倒的に少ないです。一方でZone2での走行距離はチームトップとなっているので、時速7~15㎞でずっと動いている、走っているという感じになります。合計は11㎞を超え、Zone2でも5857mほどの距離になっているので、1分間に130mの移動をずっと続けている、ゴールキックやフリーキックなどで時間が止まるのを考えると、動いている時は1分間に200m(1㎞5分、時速12㎞)のペースか、それ以上では動き続けているとった感じになりますかね。恐らくは。ちなみにZone4が264.5mで、Zone5が38.5mですが、スプリント回数は24回(今大会はZone4と5をスプリントとして計上していると思われます)、最高速度は時速27.9㎞でチーム内では下の方、メッシの29.4㎞よりも遅いです。本当にずっと走っているという感じの役割ですね。Zone5を出す加速ち減速の中でZone4が生じると考えても、150m以上は時速20㎞、1㎞3分くらいでのペースで走っていますね。スプリントと呼ばれるものをあまりしない役割ですかね。とはいえ、そこまで速いスピードで走っているわけではないので、ずっと動いているといった感じであり、それはマラソンで3時間を切れるか、くらいのペースで走り続けている速度です。その中でもっと速いペースが出てきたりしているけれども、実際には時速15㎞での走行時間を最も多くできて、そこで余裕がある状態の選手がいることがアルゼンチンの戦術においては大事である、メッシのサポートのためには必要である、というのは見えるかと思います。

そしていくつかの論文、ここ数年のゴール期待値の分析なども合わせてみると、いかにシュートを決められるか、といった能力が重要というのが言えそうだなといった流れなわけですが、ここでシュートを決められるように動く走りというのが大事だと思われますが、そこで必要なのはスプリントよりもずっと動き続けて相手のDFを引きはがしてフリーな状態を作れるかどうか、といったところなのかな、と思います。ついていけそうな速度でジワジワと相手を引きはがすことでマークをズレさせる、といった場面が起こっていると思うわけです。FIFAの分析を見ても、メッシの強みはドリブルで相手を抜けるし、得点につながるパスを出せる、というのがあります。難しいパスを出しているため成功率は低くなるけど、それが通ったら得点、というパスを出していると言えます。で、そのパスを受けるために必要なのはスプリントで相手を引きはがしてフリーになる動き、身長とジャンプ力で相手を上回れる、ミドルシュートの精度と威力、などが出てくるかと思います。フリーでボールを受けてもキック力が無ければ、ペナルティエリアのギリギリ外くらいなら相手にとっては脅威になりにくいですからね。必ずしもゴールに近いところが得点に近づくわけじゃないというのを忘れてはダメだと思います。だからしっかりと筋力を高めようね、筋肉を増やそうね、短い動作で強いシュートを打てるようになろうね、というのも大事でしょう。速く走れなくても点は取れるんですよ。もちろん、走れるし蹴れる、というのが理想ですけど。

とりあえずこの長い文におきまして伝えたいことは、長い距離を走った選手が良いわけでもなく、走れたチームが良いわけでもない、という点が一番です。多く走ってしまうと次の試合への回復が間に合わなくなるので、理想はあまり走らないで勝つ、なんですよね。もしくはどれだけ走っても余裕という圧倒的なフィジカルを作るか、です。ただ、この圧倒的なフィジカルを持ってしても、相手がボールを上手く回すパスサッカーをやられてしまって、とにかく走らされるという展開になったら意味が無いわけで。フィジカルだけではなくて戦術的な面もとても大事ですよ、と。オーストリアとヨルダンのグループリーグもちょっと時間があれば。

2026年2月14日土曜日

第22回乳酸研究会


演題
・はじめに
八田 秀雄先生(東京大学 大学院総合文化研究科)

・骨格筋におけるグリコーゲンと乳酸のエネルギー供給以外の役割
渡邊 大輝 先生(大阪体育大学 大学院スポーツ科学研究科)

・高強度インターバルトレーニングの最新知見 ~トレーニング効果を生みだす最小量について~
山岸 卓樹 先生(独立行政法人日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター)

・簡単・迅速に血中の乳酸濃度測定が可能 ~ラクテート・プロ2のご案内~
アークレイマーケティング㈱

・認知機能にアドバンテージをもたらすトレーニング
塚本 敏人 先生(早稲田大学 スポーツ科学学術院)

・運動後のmRNA発現変動から運動適応を考える
星野 太佑先生(電気通信大学 大学院情報理工学研究科)

・閉会にあたり
コービオンジャパン株式会社

第22回乳酸研究会開催のお知らせ | トップアスリートを支えるスポーツトレーナーのための科学的トレーニング塾

そんなわけで乳酸研究会でした。

渡邊 大輝 先生
・ATP存在下であっても筋グリコーゲンが無いと筋収縮力は低下した
・筋グリコーゲンがないと筋小胞体のカルシウムイオンの放出が低下
・グリコーゲンが安静時の30%以下になると収縮力が低下
Effects of reduced muscle glycogen on excitation–contraction coupling in rat fast-twitch muscle: a glycogen removal study | Journal of Muscle Research and Cell Motility | Springer Nature Link

その昔の乳酸仮説では乳酸が作られるとpHが低下し筋収縮力の低下とされた。
これは15度などの低温環境。人体の体温では否定された。
The effect of intracellular pH on contractile function of intact, single fibres of mouse muscle declines with increasing temperature - PubMed

乳酸が多い状態では筋の出力が向上する
Protective effects of lactic acid on force production in rat skeletal muscle - PubMed

発表者の実験
 →乳酸塩は筋機能にどのような影響を及ぼすか?
  筋内の乳酸塩含有量が増加すると筋収縮力が増加
KAKEN — 研究課題をさがす | 骨格筋の適応を促す細胞内カルシウム配分機構の包括的理解 (KAKENHI-PROJECT-23KK0297)

山岸 卓樹先生
・全力スプリント時には15秒くらいで酸素取り込みが一定になる
・スプリント本数が増えても生理学的な適応は高まらない

塚本 敏人先生
・脳血流を増やすのは頭痛などの原因となる(高山病に見られる症状はこれ)
・運動や外的な投与による乳酸の上昇は脳での利用を高める
・脳は乳酸やケトン体の利用をしやすい
・乳酸が作られる量が減る、脳での利用が減ると認知機能が減っていく
・細切れ運動にした場合、休息後の乳酸値が上がりにくい
  →糖の摂取が大事では?グルコースとフルクトースの混合飲料などの摂取

星野 太佑先生
・エキセントリックな刺激で発現変動した遺伝子はある、コンセントリックではない
・活性酸素が生じないようにすると、エキセントリックな運動でも遺伝子発現は上昇しなかった
 →エキセントリックな刺激による反応には活性酸素ROSが影響を与えていると言えそう


個人的に気になったポイントを挙げておきましたが、その後の懇親会でもいろいろと効かせていただきまして、やはりトレーニングの目的を見失ってはダメだ、ということになります。このプロトコルで実験しているけれども、じゃあそれで意味があるのか、競技パフォーマンスの向上に効果があるのか?といった点を見失ってはダメです。あとは一面的なものを見てもダメである、という点ですね。乳酸を指標とするのも大事だし、心拍などを併用する、RPEなどを併用する、競技パフォーマンスを指標とするのも大事です。目的となることが何か。あくまでパフォーマンスを高くするのが目的であれば、そこが上がっていれば正解です。でも、それが上がっていなければただ苦しいだけのことを課していると分かります。この、パフォーマンスが上がらない苦しいことを見分けるのに科学的な指標は役に立ちますよ、というのが言えるよなぁ、と思った本日でした。