2022年8月1日月曜日

運動中の脂質酸化能力はインスリン感受性に関連する

Whole-body lipid oxidation during exercise is impaired with poor insulin sensitivity but not with obesity per se

Avigdor D. Arad,et.al 13 JUL 2022
American Journal of Physiology-Endocrinology and Metabolism
https://doi.org/10.1152/ajpendo.00042.2022

過体重や肥満が運動負荷に及ぼす脂質の酸化能力に関しては、
食事におけるエネルギーバランスや栄養素の問題、運動の強度や時間の問題、インスリン感受性の問題などが考えられる。この実験ではインスリン感受性と過体重・肥満の関係を調べた。

・被験者は運動を日常的にしていない正常な体重の人15人と過体重・肥満の人15人
・代謝的に健康な群と不健康な群に分類
・ガス交換閾値(GET)の70%と100%で一定の速度で自転車運動を実施
・脂質酸化能力の低下は体組成と関係なくインスリン感受性が悪いと低下する(過体重や肥満での影響はほぼない)

瘦せようと思って運動を開始しても脂質の利用能力が低くて思った以上に痩せない、そして運動を諦めてしまう人がそれなりにいると思いますが、過体重だからみんなインスリン感受性が悪いということもないと思いますが、まずは感受性を高めるための運動をするのが良さそうですね。HIITのような短時間で高負荷な運動が効果的とされたりしているので、20秒の全身運動をまずは始めてみるところからが良いのではないでしょうか。

2022年3月11日金曜日

慢性的なアキレス腱への痛みへのPRP注射の効果

Effect of Platelet-Rich Plasma Injection vs Sham Injection on Tendon Dysfunction in Patients With Chronic Midportion Achilles Tendinopathy
A Randomized Clinical Trial

Rebecca S. Kearney, PhD; Chen Ji, PhD; Jane Warwick, PhD; et al

JAMA. 2021;326(2):137-144. doi:10.1001/jama.2021.6986

・3ヶ月以上続くアキレス腱中央部の痛みを持つ成人において、多血小板血漿の単回注入PRPは、治療後6ヶ月のプラセボ注入と比較してより良い機能をもたらすかを調査
・アキレス腱の中間部に疼痛を有する240名の参加者を調査し、6ヶ月後の平均は54.4 vs 53.4で統計的に有意ではなかった
・多血小板血漿の単回注入は、プラセボの注入と比較してアキレス腱の機能障害を有意に減少させることはなかった。

無料なので詳細はお読みください。アキレス腱へのPRPは大きな効果が無さそうです。効果があったという人は、何もしないでも同じレベルまでは回復した可能性が高いということで。


https://twitter.com/Seth0Neill/status/1501863247070195712?s=20&t=r5pxf6FobA226ia_sTbjBQ

2022年2月5日土曜日

スクワット後の回復への介入、冷却と着圧タイツの利用が若年男性と高齢男性へ与える影響

Recovery From Eccentric Squat Exercise in Resistance-Trained Young and Master Athletes With Similar Maximum Strength: Combining Cold Water Immersion and Compression
Julian Schmidt et.al Front. Physiol September 2021

・異なる年齢層の個人における筋力トレーニング後の回復とそれへの介入効果を調査
・同程度のパフォーマンスをする若年者と高齢者で、スクワットからの疲労と回復の時間経過と回復への介入の効果を比較
・仮説として高齢者は回復が遅く、運動による筋疲労の後、外部から適用する回復への介入の効果がより高い可能性があると考えて実験を実施
・若いアスリート8名(22.1±2.1歳)とマスターアスリート8名(52.4±3.5歳)の二群で、ハーフスクワットの1RMが個人体重の120%以上であること、過去1年間で週に2回以上のレジスタンストレーニングを行っていることが被験者の条件
・ガイドバーベル付きのスミスマシンを用いてスクワット(膝の角度が90°)を実施
・プロトコルは8回を9セットで最終セットはmomentary muscular failure、1RMの70%の強度で運動不能になるまで実施。ケイデンスはエキセントリック(しゃがむ)に4秒、コンセントリック(立ち上がる)に2秒、全10セットの総運動時間は約480秒、セット間の休憩時間は3分とした(Raederら、2016より)
・回復への介入は全身の浸水(CWI)による冷却の直後にコンプレッションタイツを着用。CWIは15分間で浴槽に座ったまま頭と首を除く全身を冷却。水温は12±1℃を維持。これは最近のレビューでCWIは水温11~15℃、浸漬時間11~15分で筋肉痛に対して最も効果が得られるとされているから(Machado et al.、2016)
・2分ごとに脚で円運動を行うよう指示。着圧タイツ(medi GmbH & Co. KG, Bayreuth, Germany)は、上下の脚の周径に基づいて参加者に個別に調整(平均圧力は18~21mmHg)、CWI後48時間着用運動後12~24時間で最も効果があるというBornら2013年を受けて。測定時とシャワーを浴びる時には着用していない

結果・考察
・筆者らが仮説とした「マスターアスリートは若いアスリートよりも高い疲労レベルに達する、回復が遅い」ということは観察されなかった。これが生じた原因にはマスターアスリートは傷害のリスクと回復の必要性を予測しながら、慎重に身を守るように最終セットに入ったことが挙げられるが、最終的な評価は困難である。
・もう一つの仮説として、CWIとコンプレッションタイツを併用し長期間使用することで、浮腫の改善や運動による二次的な筋損傷や筋肉痛の感覚の減少、筋代謝物のクリアランスの改善、運動後の副交感神経活動の増加により運動後の回復を改善できると考えていたが、本研究では、パフォーマンスの回復や疲労と回復の筋収縮マーカーに対するMMRの効果はないことが明らかになった。回復への介入の後に筋肉痛の改善は認められたものの、クレアチンキナーゼ(CK)活性の回復を有意に改善することはなかった
・3人の参加者だけが回復への介入から利益を得る可能性が高いが、その他は、一貫性のない反応を示した。パフォーマンスの回復に対する回復介入の効果は、若いアスリートでより頻繁に観察される傾向があった。運動誘発疲労が複雑であり、個々の身体システムで異なる効果を引き起こす可能性があるが、睡眠、心理的ストレス、習慣的な身体活動、食事摂取なども重要な要因であり、本研究では食事摂取量のみを標準化し管理した
・回復介入の効果は年齢より個人の嗜好や信念によって異なる可能性があると推測される(Roelands and Hurst, 2020)
・どちらの年齢層においても複数の参加者が主観的な疲労感においてはポジティブな反応を示したが、パフォーマンスにおいてポジティブな影響を与えたのは一人だけであった。別の一人は感覚は良くないと答えたが良いパフォーマンスを示した。したがって、一般的な運動後の回復は、年齢に関係なく個人差があることを考慮する必要がある。しかし、個人の感覚だけを考慮することは、パフォーマンスや筋機能の回復に関して誤解を招く恐れがある
・長期的な回復への介入はトレーニング特異的適応が減衰する可能性がある、トレーニング適応の悪化の可能性と短期的な回復効果の有益性のバランスをどのようにとるかが議論されている。Fröhlichら(2014)、Robertsら(2015)、Poppendieckら(2020)が、筋力トレーニング後のCWIの使用は筋量と筋力の長期的な上昇を抑制することを示しているが、その影響はかなり小さいと考える
・本研究では運動後の回復に生理的な影響を及ぼさなかったと言えそうである
・研究デザインの限界としてサンプルサイズがあり、マスターアスリートが基準を満たすことは困難であった。最大強度のレベルが同等であり身体組成が似ているにもかかわらず、パワーにおいて明らかに異なっていた。高齢のアスリートにおいて垂直跳びのパフォーマンスと伸筋力が有意に低いことやテストステロンの基礎分泌量が低かった。よってパフォーマンスの完全なマッチングは実現しなかったと考えられる


マスターアスリートは若いアスリートよりも疲労レベルが高くなることも、回復が遅くなることもないというのは面白いなと思う一方で、やはり自らダメージを抑制するようなトレーニングを無意識に選択をしている可能性がありそうですね。高齢者に顕著なだけで若い人でもやっていそうですし、それが故障を少なくできる人なのでは、と思います。そして疲労感が無いことがパフォーマンスの向上につながるかと言えばそんなこともなく、むしろこのズレが生じてしまうことによって故障のリスクも高まるのでは、という気がしました。良いトレーニングだと感じる、良い回復方法だと感じるのは個人差があり、やはり自分にはこれが効果的である!!と信じられるものを持っている人が強い、という具合ですね。プラセボ効果は大きいと言われますし、フィーリングが良いものを探すのはありでしょう。まぁ何をやっても疲労の回復を促進しないとなってくると、食事や睡眠に費やす、練習内容をもっと考えるというのが大事かなと思います。

2021年11月27日土曜日

マスクを着用しての運動は無着用の時と負荷は変わらない

Effect of Wearing Surgical Face Masks During Exercise: Does Intensity Matter?
Eric Tsz-Chun Poon Front. Physiol., 26 November 2021 | https://doi.org/10.3389/fphys.2021.775750

コロナ下においてマスクを着用して運動すると負荷が高くなるのかという議論が多く起こり、実際に研究も行われて負荷が高くなるというデータが出てきたが、これらに関しての疑問から
条件を変えて実験を実行。

・マスク着用時には強度が最大酸素摂取量の75%以上に達するとキツさを感じるようになるが、生理的な負担の違いは観察されなかった
・肺、循環系、免疫系などの生理系に重大なリスクと負担を与える可能性があるという、Chandrasekaran and Fernandes, 2020の指摘などがあるが、こうした実験はマスクを着用した上に呼気ガス測定用のマスク(ガスマスクのようなやつですね)を着用しており、空気の循環がより低下して負担が大きくなっていたと考えられる
・Shawら(2020)では疲労困憊するまでの自転車でのテストにおいては、動脈血酸素飽和度や心拍数HRに関して、ピーク時のパフォーマンスとの相対的な関係においてマスクをしている場合としていない場合で差がないことを示されている
・マスクを装着した被験者は暑さや湿気を感じたり、呼吸に抵抗を感じたりするなどの不快感を訴え、これにより最大努力をすることが難しくなり、運動強度が増すにつれて疲労が早くなる可能性がある(Driverら、2021)

不快感は運動の制限要因となるということが言える論文ですね。顔にマスクが密着することで空気が吸い込めないように感じるけれども、実際には不快感の方が制限要因として大きいかもしれないわけで、これはトレーニングをしている時の環境が良い、ストレスなくできるというのが大事ということにつながる話かもしれません。酸素が吸える量が少なくなるなども言われてきましたが、そんなことは特に無いというのも明確になりましたので、軽い負荷の運動であるならば、マスクをしても特に問題はなさそうです。ただ、不快感が高くなる場合は別なので、夏場などはやはりマスク無しが良さそうです。冬場は寒さ対策として活用しても効果的かもしれませんね。軽い負荷の場合は呼吸に悪影響は特になさそうなので。

2021年10月16日土曜日

代謝の支点となる乳酸

Lactate as a fulcrum of metabolism
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213231720300422
George A.Brooks  Redox Biology Volume 35, August 2020

・人間の心臓では、エネルギー源としてグルコースや脂肪酸よりも乳酸が好まれる
・脳においてもグルコースよりも好まれる
・神経細胞はグルコースの取り込みと乳酸の生成に必要な細胞成分を持っていて、細胞内乳酸シャトルによって動脈に直接乳酸を取り込み、利用することができる(74)
・解糖系による乳酸の生成が酸素不足時にのみ生じる考え方には実験的な裏付けがない
・完全な好気性条件下では、グルコースとグリコーゲンの異化が乳酸生成に進むというエビデンスがある(7,39,136,139)
・筋収縮が細胞の酸化還元に及ぼす以外に、L-乳酸は、酵素的および非酵素的に触媒される反応によって、活性酸素種(ROS)の細胞産生に影響を与える(ミトコンドリア呼吸の結果として活性酸素が生成される)
・ミトコンドリアの呼吸の主なエネルギー源は乳酸である
・乳酸は血管内皮成長因子(VEGF)、インターロイキン-1(IL-1)、TGF-βの放出を促して血管新生と創傷治癒を促進するという好ましい結果が得られている(88)
・定期的な運動によりミトコンドリア質量が2倍になる可能性がある(42,82,94,137)
・ミトコンドリアタンパク質発現の増加のためのシグナル
・ミトコンドリア生合成の転写制御としてカルシウムイオン (119),AMP活性化プロテインキナーゼ (AMPK) (101,167])、サーチュイン1 (Sirt1) (46),低酸素誘導因子-1α (HIF-1α) (152)、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター-1α (PGC-1α) (72)がある。PGC-1αがマスターレギュレーターとされる
・ミトコンドリア生合成の下流の調節因子はNRF-1およびNRF-2、ミトコンドリア転写因子A(TFAM)(117)がある。これらに共通するのは、ATPのホメオスタシスが損なわれているという状況である
・乳酸にさらされると活性酸素が増加し、活性酸素やカルシウムイオンに反応することが知られている673の遺伝子が上昇
・乳酸は、脂肪酸の動員と酸化を阻害して制御する
・乳酸が脂肪酸を抑制するメカニズムは、乳酸が受容体結合を介して脂肪の脂肪分解を抑制すること(1,33,59,99)
・pHやナトリウムイオンとは無関係に、乳酸がヒドロキシカルボン酸受容体1(HCAR-1)の活性化を介して、脂肪細胞における脂肪分解を抑制する
・筋収縮時に解糖が促進されると、乳酸とピルビン酸の濃度が上昇し、ピルビン酸よりも乳酸への影響が相対的に大きくなる
・筋活動によりモノカルボン酸がミトコンドリアに取り込まれるとアセチル-CoAが生成され、それによってマロニル-CoAが生成されCPT1を阻害し、活性化された遊離脂肪酸がミトコンドリアマトリックスに侵入するのを抑制する(107,142)


トレーニング関連で個人的に気になる点をピックアップしただけですので、興味がある方は全文を読むことをオススメいたします。非常に興味深く読める内容でした。2000年代に乳酸が疲労物質ではなさそうであるという流れが進んできていますが、現実的にはまだそれを理解していない人も多く臨床の場などでは高い乳酸値が問題であると捉えてしまっているが、機能を改善するためには乳酸が高値になることが良い影響を与えている可能性なども指摘されてきています。ケガの回復に乳酸が役割を果たしているということですね。あとは持久的な運動をする時には乳酸が出ることが大事なのは引き続きですし、パワー系のトレーニングにおいても重要でしょう。腸脳の話ではまだ明確なものが多くは無いですが、今後さらにデータが出てくることが期待されます。あとは文中にも載せましたが、ミトコンドリアの呼吸による活性酸素が遺伝子発現において大事な役割を果たしているので、そこも意識して抗酸化作用のある食品、サプリの摂取を行うことも大事でしょう。