2022年2月5日土曜日

スクワット後の回復への介入、冷却と着圧タイツの利用が若年男性と高齢男性へ与える影響

Recovery From Eccentric Squat Exercise in Resistance-Trained Young and Master Athletes With Similar Maximum Strength: Combining Cold Water Immersion and Compression
Julian Schmidt et.al Front. Physiol September 2021

・異なる年齢層の個人における筋力トレーニング後の回復とそれへの介入効果を調査
・同程度のパフォーマンスをする若年者と高齢者で、スクワットからの疲労と回復の時間経過と回復への介入の効果を比較
・仮説として高齢者は回復が遅く、運動による筋疲労の後、外部から適用する回復への介入の効果がより高い可能性があると考えて実験を実施
・若いアスリート8名(22.1±2.1歳)とマスターアスリート8名(52.4±3.5歳)の二群で、ハーフスクワットの1RMが個人体重の120%以上であること、過去1年間で週に2回以上のレジスタンストレーニングを行っていることが被験者の条件
・ガイドバーベル付きのスミスマシンを用いてスクワット(膝の角度が90°)を実施
・プロトコルは8回を9セットで最終セットはmomentary muscular failure、1RMの70%の強度で運動不能になるまで実施。ケイデンスはエキセントリック(しゃがむ)に4秒、コンセントリック(立ち上がる)に2秒、全10セットの総運動時間は約480秒、セット間の休憩時間は3分とした(Raederら、2016より)
・回復への介入は全身の浸水(CWI)による冷却の直後にコンプレッションタイツを着用。CWIは15分間で浴槽に座ったまま頭と首を除く全身を冷却。水温は12±1℃を維持。これは最近のレビューでCWIは水温11~15℃、浸漬時間11~15分で筋肉痛に対して最も効果が得られるとされているから(Machado et al.、2016)
・2分ごとに脚で円運動を行うよう指示。着圧タイツ(medi GmbH & Co. KG, Bayreuth, Germany)は、上下の脚の周径に基づいて参加者に個別に調整(平均圧力は18~21mmHg)、CWI後48時間着用運動後12~24時間で最も効果があるというBornら2013年を受けて。測定時とシャワーを浴びる時には着用していない

結果・考察
・筆者らが仮説とした「マスターアスリートは若いアスリートよりも高い疲労レベルに達する、回復が遅い」ということは観察されなかった。これが生じた原因にはマスターアスリートは傷害のリスクと回復の必要性を予測しながら、慎重に身を守るように最終セットに入ったことが挙げられるが、最終的な評価は困難である。
・もう一つの仮説として、CWIとコンプレッションタイツを併用し長期間使用することで、浮腫の改善や運動による二次的な筋損傷や筋肉痛の感覚の減少、筋代謝物のクリアランスの改善、運動後の副交感神経活動の増加により運動後の回復を改善できると考えていたが、本研究では、パフォーマンスの回復や疲労と回復の筋収縮マーカーに対するMMRの効果はないことが明らかになった。回復への介入の後に筋肉痛の改善は認められたものの、クレアチンキナーゼ(CK)活性の回復を有意に改善することはなかった
・3人の参加者だけが回復への介入から利益を得る可能性が高いが、その他は、一貫性のない反応を示した。パフォーマンスの回復に対する回復介入の効果は、若いアスリートでより頻繁に観察される傾向があった。運動誘発疲労が複雑であり、個々の身体システムで異なる効果を引き起こす可能性があるが、睡眠、心理的ストレス、習慣的な身体活動、食事摂取なども重要な要因であり、本研究では食事摂取量のみを標準化し管理した
・回復介入の効果は年齢より個人の嗜好や信念によって異なる可能性があると推測される(Roelands and Hurst, 2020)
・どちらの年齢層においても複数の参加者が主観的な疲労感においてはポジティブな反応を示したが、パフォーマンスにおいてポジティブな影響を与えたのは一人だけであった。別の一人は感覚は良くないと答えたが良いパフォーマンスを示した。したがって、一般的な運動後の回復は、年齢に関係なく個人差があることを考慮する必要がある。しかし、個人の感覚だけを考慮することは、パフォーマンスや筋機能の回復に関して誤解を招く恐れがある
・長期的な回復への介入はトレーニング特異的適応が減衰する可能性がある、トレーニング適応の悪化の可能性と短期的な回復効果の有益性のバランスをどのようにとるかが議論されている。Fröhlichら(2014)、Robertsら(2015)、Poppendieckら(2020)が、筋力トレーニング後のCWIの使用は筋量と筋力の長期的な上昇を抑制することを示しているが、その影響はかなり小さいと考える
・本研究では運動後の回復に生理的な影響を及ぼさなかったと言えそうである
・研究デザインの限界としてサンプルサイズがあり、マスターアスリートが基準を満たすことは困難であった。最大強度のレベルが同等であり身体組成が似ているにもかかわらず、パワーにおいて明らかに異なっていた。高齢のアスリートにおいて垂直跳びのパフォーマンスと伸筋力が有意に低いことやテストステロンの基礎分泌量が低かった。よってパフォーマンスの完全なマッチングは実現しなかったと考えられる


マスターアスリートは若いアスリートよりも疲労レベルが高くなることも、回復が遅くなることもないというのは面白いなと思う一方で、やはり自らダメージを抑制するようなトレーニングを無意識に選択をしている可能性がありそうですね。高齢者に顕著なだけで若い人でもやっていそうですし、それが故障を少なくできる人なのでは、と思います。そして疲労感が無いことがパフォーマンスの向上につながるかと言えばそんなこともなく、むしろこのズレが生じてしまうことによって故障のリスクも高まるのでは、という気がしました。良いトレーニングだと感じる、良い回復方法だと感じるのは個人差があり、やはり自分にはこれが効果的である!!と信じられるものを持っている人が強い、という具合ですね。プラセボ効果は大きいと言われますし、フィーリングが良いものを探すのはありでしょう。まぁ何をやっても疲労の回復を促進しないとなってくると、食事や睡眠に費やす、練習内容をもっと考えるというのが大事かなと思います。

2021年11月27日土曜日

マスクを着用しての運動は無着用の時と負荷は変わらない

Effect of Wearing Surgical Face Masks During Exercise: Does Intensity Matter?
Eric Tsz-Chun Poon Front. Physiol., 26 November 2021 | https://doi.org/10.3389/fphys.2021.775750

コロナ下においてマスクを着用して運動すると負荷が高くなるのかという議論が多く起こり、実際に研究も行われて負荷が高くなるというデータが出てきたが、これらに関しての疑問から
条件を変えて実験を実行。

・マスク着用時には強度が最大酸素摂取量の75%以上に達するとキツさを感じるようになるが、生理的な負担の違いは観察されなかった
・肺、循環系、免疫系などの生理系に重大なリスクと負担を与える可能性があるという、Chandrasekaran and Fernandes, 2020の指摘などがあるが、こうした実験はマスクを着用した上に呼気ガス測定用のマスク(ガスマスクのようなやつですね)を着用しており、空気の循環がより低下して負担が大きくなっていたと考えられる
・Shawら(2020)では疲労困憊するまでの自転車でのテストにおいては、動脈血酸素飽和度や心拍数HRに関して、ピーク時のパフォーマンスとの相対的な関係においてマスクをしている場合としていない場合で差がないことを示されている
・マスクを装着した被験者は暑さや湿気を感じたり、呼吸に抵抗を感じたりするなどの不快感を訴え、これにより最大努力をすることが難しくなり、運動強度が増すにつれて疲労が早くなる可能性がある(Driverら、2021)

不快感は運動の制限要因となるということが言える論文ですね。顔にマスクが密着することで空気が吸い込めないように感じるけれども、実際には不快感の方が制限要因として大きいかもしれないわけで、これはトレーニングをしている時の環境が良い、ストレスなくできるというのが大事ということにつながる話かもしれません。酸素が吸える量が少なくなるなども言われてきましたが、そんなことは特に無いというのも明確になりましたので、軽い負荷の運動であるならば、マスクをしても特に問題はなさそうです。ただ、不快感が高くなる場合は別なので、夏場などはやはりマスク無しが良さそうです。冬場は寒さ対策として活用しても効果的かもしれませんね。軽い負荷の場合は呼吸に悪影響は特になさそうなので。

2021年10月16日土曜日

代謝の支点となる乳酸

Lactate as a fulcrum of metabolism
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2213231720300422
George A.Brooks  Redox Biology Volume 35, August 2020

・人間の心臓では、エネルギー源としてグルコースや脂肪酸よりも乳酸が好まれる
・脳においてもグルコースよりも好まれる
・神経細胞はグルコースの取り込みと乳酸の生成に必要な細胞成分を持っていて、細胞内乳酸シャトルによって動脈に直接乳酸を取り込み、利用することができる(74)
・解糖系による乳酸の生成が酸素不足時にのみ生じる考え方には実験的な裏付けがない
・完全な好気性条件下では、グルコースとグリコーゲンの異化が乳酸生成に進むというエビデンスがある(7,39,136,139)
・筋収縮が細胞の酸化還元に及ぼす以外に、L-乳酸は、酵素的および非酵素的に触媒される反応によって、活性酸素種(ROS)の細胞産生に影響を与える(ミトコンドリア呼吸の結果として活性酸素が生成される)
・ミトコンドリアの呼吸の主なエネルギー源は乳酸である
・乳酸は血管内皮成長因子(VEGF)、インターロイキン-1(IL-1)、TGF-βの放出を促して血管新生と創傷治癒を促進するという好ましい結果が得られている(88)
・定期的な運動によりミトコンドリア質量が2倍になる可能性がある(42,82,94,137)
・ミトコンドリアタンパク質発現の増加のためのシグナル
・ミトコンドリア生合成の転写制御としてカルシウムイオン (119),AMP活性化プロテインキナーゼ (AMPK) (101,167])、サーチュイン1 (Sirt1) (46),低酸素誘導因子-1α (HIF-1α) (152)、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター-1α (PGC-1α) (72)がある。PGC-1αがマスターレギュレーターとされる
・ミトコンドリア生合成の下流の調節因子はNRF-1およびNRF-2、ミトコンドリア転写因子A(TFAM)(117)がある。これらに共通するのは、ATPのホメオスタシスが損なわれているという状況である
・乳酸にさらされると活性酸素が増加し、活性酸素やカルシウムイオンに反応することが知られている673の遺伝子が上昇
・乳酸は、脂肪酸の動員と酸化を阻害して制御する
・乳酸が脂肪酸を抑制するメカニズムは、乳酸が受容体結合を介して脂肪の脂肪分解を抑制すること(1,33,59,99)
・pHやナトリウムイオンとは無関係に、乳酸がヒドロキシカルボン酸受容体1(HCAR-1)の活性化を介して、脂肪細胞における脂肪分解を抑制する
・筋収縮時に解糖が促進されると、乳酸とピルビン酸の濃度が上昇し、ピルビン酸よりも乳酸への影響が相対的に大きくなる
・筋活動によりモノカルボン酸がミトコンドリアに取り込まれるとアセチル-CoAが生成され、それによってマロニル-CoAが生成されCPT1を阻害し、活性化された遊離脂肪酸がミトコンドリアマトリックスに侵入するのを抑制する(107,142)


トレーニング関連で個人的に気になる点をピックアップしただけですので、興味がある方は全文を読むことをオススメいたします。非常に興味深く読める内容でした。2000年代に乳酸が疲労物質ではなさそうであるという流れが進んできていますが、現実的にはまだそれを理解していない人も多く臨床の場などでは高い乳酸値が問題であると捉えてしまっているが、機能を改善するためには乳酸が高値になることが良い影響を与えている可能性なども指摘されてきています。ケガの回復に乳酸が役割を果たしているということですね。あとは持久的な運動をする時には乳酸が出ることが大事なのは引き続きですし、パワー系のトレーニングにおいても重要でしょう。腸脳の話ではまだ明確なものが多くは無いですが、今後さらにデータが出てくることが期待されます。あとは文中にも載せましたが、ミトコンドリアの呼吸による活性酸素が遺伝子発現において大事な役割を果たしているので、そこも意識して抗酸化作用のある食品、サプリの摂取を行うことも大事でしょう。

2021年9月12日日曜日

インスリン様成長因子とパフォーマンスの関連

 Insulin-like Growth Factor Axis Genetic Score and Sports Excellence
Ben-Zaken et.al
Journal of Strength and Conditioning Research: September 2021

 運動能力を向上させる可能性のある遺伝子を特定することは非常に難しく、将来のスポーツ選手の成功を予測するというのは推測の域を出ていない。プロスポーツ選手の遺伝子と運動能力に関する報告のほとんどが、IGF1の変動に焦点を当てていた。インスリン様成長因子(IGF)は筋肉の成長、分化、および機能に重要な役割を果たしており、高いIGF1レベルは短距離走に有利であり、エリートパフォーマンスに関係する可能性が示唆される。ランナーとは対照的に、IGF多型は水泳のパフォーマンスとは関連していなかった。
本研究では、イスラエルのエリートランナーと水泳選手を対象に、遺伝子スコアの高低を調査した。
 優れた能力を発揮するには遺伝的要因が必要であることはよく知られているが、環境と遺伝との関係や相互作用から生じる様々な要因があることも知られている。パフォーマンスのばらつきに関連する遺伝子を特定しようとする場合、成功にわずかしか貢献しないことも理解しておく必要がある。エリートアスリートを見分けるために遺伝子スコアツールが開発されているが、これまでの研究では循環型IGF-Iもフィットネスと相関することが示されている。IGF遺伝子スコアは、国内レベルの陸上競技選手とトップレベルの陸上競技選手(国際大会、世界選手権、欧州選手権、オリンピックの優勝者)で比較。ランナーとは対照的に、IGF多型は水泳のパフォーマンス向上と関連していなかったため、ランナーと水泳選手の間で、IGF1遺伝子スコアを比較した。

・イスラエルのスポーツ選手では、対照群に比べてTT遺伝子型の頻度が高いことが示されました(4.8%)。TT多型保有者は持久系とパワー系の両方のアスリートであったが、持久系アスリートは国内レベルの選手であり、パワー系アスリートは国際大会やオリンピックのトップレベルの選手であった
・典型的なパワースポーツの中でも、IGF1多型はストレングス競技よりもむしろスピードスポーツ競技に重要である
・IGF2(rs680)GG遺伝子型は、重量挙げ選手と比較してスプリンターで有意に高く、スピードスポーツには有益だが、ストレングススポーツには有益ではないことが示唆される。IGF2(rs680)多型がスピードパフォーマンスに及ぼす可能性のある有益な影響は、必ずしも循環IGF2への影響からではなく、IGF1レベルへの影響を介している可能性がある
・MSTN(ミオスタチン)遺伝子は骨格筋細胞にほぼ独占的に発現しており、循環IGF1レベルの抑制効果を介して筋成長の負の制御因子として機能している

・ランニングと水泳は、生理学的・代謝的特性が似ているが異なる遺伝子多型を持っている可能性がある。特定のIGF1多型は、陸上の短距離系の種目に有利であると考えられ、特定のIGF軸遺伝子スコアは、トップレベルの短距離走者と国内レベルの短距離走者を区別する可能性がある

興味深い点としてはトップ選手であれば必ず高いIGFを誇るわけではなく、競技に応じて違いがあるというところですね。水泳と陸上競技では持久力という観点などで似ていると言われたりするわけですが、遺伝子的な面では異なっているかもと考えられるのであると、これまでに様々な研究で行われている持久力の測定といったものも分けて考える必要があるのでは、と思いました。水泳における持久力が高い選手、陸上競技における持久力が高い選手は異なると考えられるのであれば、水泳選手の走ったり自転車によるトレーニングでは効果が出にくい選手もいるのでは、といった感じです。

2021年7月24日土曜日

健康な若年男性のレジスタンストレーニングによる骨格筋肥大には筋アンドロゲン受容体の含有量が関係

Muscle Androgen Receptor Content but Not Systemic Hormones Is Associated With Resistance Training-Induced Skeletal Muscle Hypertrophy in Healthy, Young Men
Robert W. Morton et.al
Front. Physiol., 09 October 2018

・骨格筋肥大には個人差が大きい。運動後の循環している同化ホルモン(T、GH、IGF-1など)の上昇がレジスタンストレーニングによる骨格筋肥大を決定すると考えられている(Kraemerら、2017;Mangineら、2017)
・しかし、筋タンパク質合成量の増加(Westら、2009年)と肥大化(Westら、2010年、WestとPhillips、2012年、Mitchellら、2013年、Mortonら、2016年、Mobleyら、2018年)において、このようなホルモンが因果関係を持つかは疑わしい
・レジスタンストレーニングによる筋肉内アンドロゲン受容体量の増加は筋肥大と有意に相関している(Ahtiainenら、2011;Mitchellら、2013)ので、筋肉内アンドロゲンや受容体の増加が重要であると考えられる。
・被験者は49名平均23歳身長186cm±6、体重86kg±5で12週間のトレーニングを実施
・筋肉内アンドロゲン受容体量は介入前と介入後で変化がなかった
・高反応者と低反応者の間では筋横断面積と徐脂肪体重に有意な変化の差が見られた
考察
・高反応者は低反応者に比べて、12週間後に5αリダクターゼ含量が増加、アンドロゲン受容体含量が有意に高い(トレーニング前後での変化はない)ことから、骨格筋の肥大には全身性ホルモンと局所性ホルモンのどちらも影響しないと考える。骨格筋肥大の大きさは、筋肉内のアンドロゲン受容体の含有量やその他の筋肉内の変数によって調節されると考える
・アンドロゲン受容体の相関関係については、トレーニングに対する反応が高かった人と低かった人のみを測定するという選択をした値である


アンドロゲン受容体を狙ったドーピングがここ5年ほどで時代になっていまして、テストステロンなどのホルモンはやはり関係はあまり大きくなさそうであると指摘されています。一方で陸上競技においてはテストステロンの値が高いとパフォーマンスが高いというデータがあるため、女子選手は基準値を超えている場合は薬物を用いて数値を下げないことには400mや800mなどに出場することができないというルールも存在しています。この辺りは研究が追い付いていない、解析がおかしいのではという指摘も当然ながら存在しています。なかなか難しいところではありますが、取り合えずはアンドロゲン受容体を増やすようなことを狙った方が明らかに筋肥大の効果は出ると期待される、と言えるかと思います。