陸上競技の指導において、
走っている選手に対して「脚が流れている」と声を掛ける光景はよく見られる。
では、この”脚が流れている”というものはどのように定義されているのか。
多くは個人の主観であり、定量化されたものは無い。
そこで、これだけ技術的な要素で大事と考えられているものなのだから、
きっと定量化されているのであろうと考えてインターネット上のデータを収集してみた。
以下がその一例である。
修士論文
スプリンターの疾走能力と下肢筋力および
体幹部筋形態の関係について
-100m走の各疾走局面に着目して-
疾走速度が減速する原因は、接地時間と滞空時間の増加によるピッチの減少である。
このときの疾走動作の特徴は、離地時の大腿が身体の後方に残される
「脚が流れる状態になっていることと、支持期の脚のスイング速度が低下したことが挙げられる。」
この文中において、足が流れるという言葉はこれしか出てきておらず、何の定義も無い。
”離地時の大腿が身体の後方に残される”
とあるが、そのような状態なしに走れる人というのはいるのだろうか。
これでいくと、直立している姿勢よりも脚が後ろにある状態は流れているとなる。
つまり、直立した状態で腿上げのようなことをやらない限りは”脚が流れてる”ということになる。
次に卒業論文と思われるもの
疾走中の腕動作と速度の関連について
疾走速度と肩関節伸展最大角・肩関節屈曲最大
角との間に有意な相関がみられなかったことから,
多くの指導書で述べられている「前後に大きく振る」という一般論には結びつかないことがわかっ
た。前後に大きく振るということはそれだけエネルギーを使うことになり,時間もその分長くかかる。前後に大きく振るために必要以上に時間がかかってしまうと脚を戻すのが遅くなり,その結果支持脚が後方に接地することになり,脚が流れることにつながってしまうと考えられる。脚が流れ
てしまうと効率よく推進力を得られなくなってしまう。
”脚を戻すのが遅くなり,その結果支持脚が後方に接地することになり,脚が流れる ことにつながってしまうと考えられる。脚が流れてしまうと効率よく推進力を得られなくなってしまう”
これは脚が流れると効率よく推進力を得られなくなってしまう、と述べているが何の定義も無く参考文献の提示もないので完全なる主観で書かれており、参考に出来るレベルのものではない。この文から読み取れることとしては
”支持脚が後方に接地することになり,脚が流れることにつながってしまう”
というものである。脚が流れるとは何なのか分からないのに脚が流れることにつながるというのは、まったくもって文を成していない。よって、何も読み取ることが出来ない。一つ言えるとしたら、
”支持脚が後方に接地する”という点である。走っている時に支持脚が後方に接地する。これしか書いていないのでどこのなにより後ろに接地するのか不明である。上体と地面で構成される垂直な線よりも後ろなのか、前の脚より後ろなのか、頭の位置より後ろなのか、前の選手より後ろなのか。何より後ろなのかは不明である。感覚的には体幹部、上体と地面で構成される垂直な線のことだろうと思うが、そこで接地することは前方回転が強く、転倒しかねない動作であり非現実的である。もちろん、転倒を抑えるために回転数を上げるなど可能となるが。ダラダラ言っているが要するに、
何の役にも立たない、ということですね。
続きまして大学の先生が書かれた論文
短距離疾走における下肢動作の回復期について
この股関節伸筋群から股関節屈筋群の切り替えへの筋活動の遅れが,母指球鉛直最大値を高くし,いわゆる足が流れるということになるのではないかと考えられる
以上のことから,疾走速度の高い選手ほど拇
指球鉛直最大値は低い傾向がみられ,またそういった選手ほど接地中に股関節伸展動作から屈曲動作に素早く切り替わっていたことがみられた。これらのことが,必要以上に脚が流れることを防いでいると考えられる。
こちらも
”足が流れるということに”
”脚が流れることを防いで”
と触れていますが、そもそも足・脚が流れるとは何か、
という点の説明はありません。足と脚で最初と二回目で異なっていますが、別物なんでしょうかね。股関節伸筋から股関節屈曲群への切り替えの筋活動が遅れる状態は足が流れる、ということであると読み取れますが、そうなりますと筋電図を見ないと何も言えません。撮影したデータから言ってしまっていますが、まぁ推測の域を出ませんし、その足が流れるの定義は誰が決めてるんですか、と質問されると答えられません。やはり役に立たない論文です。
探した中ではこれで最後です。
これ以上、足が流れるについて書いている人は見当たっておりません。こんなにも指導言語として用いられているのに。
右足舟状骨疲労骨折を罹患した大学女子中距離ランナーの障害発生機序について
右足部を大きく後方で
踏み返す“足が流れた”動作になっていた
離地期に脚が流れる現象
離地期に脚が流れると、回復脚前半から中間において回復脚の延伸が起こり股関節の屈曲動作が大きくなる。
右足部を大きく後方で踏み返す“足が流れる”動作が観察された。これは、U 選手の「ストライド長を稼ぎたい」という意図的な骨盤の回転運動と腰椎前彎・骨盤前傾で、接地脚の後方移動距離が長くなった(足が後方へ流れる)
かなり足・脚が流れるという言葉について使用しています。足と脚がやはり混在していますが、きっと足関節部分と大腿部でちゃんと識別しているということでしょう(文中からは明確に読み取れませんので、意識が特にないのだと思いますが、分かりません)。先の大学の先生が言っている
”股関節伸筋から股関節屈曲群への切り替えの筋活動が遅れる状態は足が流れる”という点が、
”離地期に脚が流れると、回復脚前半から中間において回復脚の延伸が起こり股関節の屈曲動作が大きくなる”
という形で同じように書いてあるように見えます。ただ、屈曲筋群の筋活動が遅れることで脚が流れるという主張に対し、”脚が流れることで回復客の延伸が起こり屈曲動作が大きくなる”としていますので、何で流れるのかという点に関しては触れていません。流れるとダメなんだ、とは言っていますが、流れているとは何か、という点はこの部分ではありません。次にいきますと
”右足部を大きく後方で踏み返す“足が流れる”動作”
”接地脚の後方移動距離が長くなった(足が後方へ流れる)”
という説明がありますが、
『上体に比べて下腿が後ろに残っている=流れている』
と読み取ってよいでしょう。
ここにきてやっと足が流れるという動作を定義しているものがありました。
『地面に力を加える動作をし、脚が後ろに残り続けているのが脚が流れるということ』
なんとなく納得いくものがあります。いろいろと眺めてきましたが、ちゃんと自ら定義を行っています。この定義が良いかどうかは別として、納得はできます。ということで、ネットで適当に探した論文(ciniiを見ても無いんですよね、脚が流れるを定義しているものが)をいくつか見た中で、脚が流れるというのは
『上体に比べて下腿が後ろに残って地面に力を加えている=流れている』
ということにさせて頂きます。
では、この動作が良いのか悪いのか。結論を言えば、
「悪い」ですね。
この定義での流れているですと、理想的な力の出力点は過ぎています。下腿が伸展しており地面へと力を加えられにくくなっています。力感は得られるが、それは足関節に無理があるからと言えます。ですので、この定義における脚が流れているはダメです。
基本的に脚に関しては、
前に持ってくる動作が出来なかったらダメ
後方にあっても筋力が高くて前に持ってこれるなら問題なし
となると思います。腸腰筋と呼ばれるものが外国人選手は発達してると言われますが、これによって後方にある脚を一気に前方へとスイングすることを可能にしていると考えられます。なお、この最後まで地面に力を加える動作をすることで、足関節の背屈や底屈が行われますが、これによってケツワレと呼ばれる現象が発生することは実験室において試したことがあります(論文化せず、n数は10未満)。力を加えている感はあっても、何の役にも立っていない動作をしていることになります。
ということで、脚が流れるというものをいろいろと検証してみましたが、統一した見解は特にない、見た目を皆様が適当に流れていると言っていることがよく分かりました。納得いくものは「足首をこねて地面に力を入れ続けているのは流れていると呼ぶ動作だ」、というものですが、これ以外にも見解はあると思います。何しろ定義が無いのですから。皆さまが好きに定義してお使いになってよいと思いますが、その際には
「私の脚が流れるの定義はこうです」
という説明が大事になります。共通理解は指導において重要ですので。