2025年4月26日土曜日

人の骨格筋におけるスプリント運動後のトランスクリプトーム(遺伝子発現プロファイル)

Acute sprint exercise transcriptome in human skeletal muscle
Hakan Claes Rundqvist et.al

introductionより
・スプリント運動の特徴の一つは、特にII型骨格筋線維における急速な筋グリコーゲン分解と大幅なATP分解である。30秒間のスプリントを3回行うと、これらの線維において筋グリコーゲンとATPの含有量は50%以上減少する可能性がある(1)
・もう一つの特徴は、全身のカテコールアミン、成長ホルモン、インスリンの増加に代表される内分泌ストレスである (1–3)
・3つ目の特徴は、運動後に30分以上持続する脚部血流の増加として現れる、運動後の過灌流反応である(4)
・2週間でわずか6回、合計5分未満の全力での30秒間自転車スプリントでも、ミトコンドリア酵素の活性が増加することが示されている(6)
・ミトコンドリア新生に関連するAMPK、p38、PGC-1AのmRNAが上昇することが報告されているが、筋肥大を促進する経路であるmTORの活性化は確認されなかった(7)
・スプリント運動を先に行うことで、レジスタンス運動によって誘導されるAkt/mTORシグナルが抑制されたことが報告されている(10)
・スプリント運動は持久運動と同様に骨格筋の毛細血管新生と血管成長を刺激することが示されているが、この観察結果には異なる見解もある(11, 12)
・全力での自転車スプリントを3回、20分の回復時間を設けて実施した
・健康な20~30歳の男性7人、女性7人でたまに運動をする程度

Discussionより
・遺伝子シグネチャーの解析からは、カルシウムイオン、一酸化窒素、活性酸素種に加えて、成長ホルモン、インスリン、遊離脂肪酸といった運動誘導性の全身因子の活性化も予測された。これらの因子の血中濃度はスプリント中または直後に有意に上昇していた。
・下流の遺伝子発現パターンからは、脂質代謝の活性化が予測され、PGC-1A や PERM1 といった脂質代謝に関わる遺伝子が顕著にアップレギュレートされた
・FZD7(Akt/mTOR経路を正に制御し筋肥大に寄与する)のmRNA発現がスプリント後に増加し、mTOR経路のp70S6kのリン酸化の増加と相関した。FZD7の上流制御因子として働き、成長ホルモンにより制御される可能性のあるWNT9A mRNAの増加は、成長ホルモン濃度の上昇と関連していた
・スプリント運動は萎縮方向の遺伝子もいくつか調節していた。抗萎縮作用を持つ可能性のある新規遺伝子(KLHL40、OTUD1)のmRNA発現も増加していた
・スプリント運動により、PPARGC1A(PGC-1α)の発現は5倍に上昇
・ミトコンドリア転写因子の発現上昇は確認されなかったが、ミトコンドリア輸送体(SLC25A25A、CPT1、UCP3)は上昇
・エストロゲン応答エレメント(ERE)の活性化が予測され、エストロゲン関連受容体γ(ESRRG)およびエストロゲン自体が上流因子として推定された。これは、筋収縮とエストロゲンの両方がEREを活性化するという以前の報告と一致する(46)。
・スプリント運動により、血中遊離脂肪酸(FFA)の濃度が大幅に上昇しており、一部の代謝関連遺伝子の発現上昇にFFAの関与が示唆される
・本研究ではミオスタチンが約50%ダウンレギュレーションされた
・成長ホルモンの上昇、MYOD1やHES1の発現上昇も、ミオスタチンの抑制と関連がある。一方で、ミオスタチンを活性化させる経路も刺激されている。「ミオスタチンのmRNA減少 = 単純な筋肥大」ではないと考えられ、抑制と活性化の両シグナルが混在しており、筋の再構築(リモデリング)プロセスの一部である可能性が高い

自転車でのスプリント運動によって、スプリント運動では負荷が高いのに筋肉が肥大しにくい理由は何なのか、といった点を調べたものです。スプリント運動は”代謝的・構造的な再プログラミングを促す運動様式である”といった点が結論になるのかと思いますが、要は次に向けての準備が行われるのがスプリント運動であり、そこからどうするかが大事になる、といった話になるかと思います。筋肥大を抑制するミオスタチンを大きく抑制しているので、これが継続されていけば、筋肥大はしやすくなっていくので、スプリント運動をしているだけでは増えないけれど、スプリント運動をしなければ筋肥大はしにくくもある、といったことが言えるのかなぁ、と。なので、たまには呼吸が追い込まれるような運動も取り入れてみると、思ったような筋肥大が目指せるのでは、と思います。ただ一方で、肥大を抑制しようともするので、エネルギーの摂取などでのバランス調整も大事でしょう。運動だけでなく食事と睡眠など関連する要素も忘れずに、でしょう。


2025年4月19日土曜日

運動後の冷却は若い男性の筋組織へのアミノ酸の取り込みを鈍らせる

 Post-Exercise Cooling Lowers Skeletal Muscle Microvascular Perfusion and Blunts Amino Acid Incorporation into Muscle Tissue in Active Young Adults

Betz, Milan W et.al
Medicine & Science in Sports & Exercise(), April 18, 2025. 

運動後に冷たい水に浸かることは筋肉の回復を促す方法として広く利用されているが、近年の研究では長期的な適応を妨げる可能性が指摘されている。本研究では、冷却が栄養素(アミノ酸)の取り込みにどう影響するかを検討するため、若年男性を対象に超音波を用いて筋肉内微小血流とアミノ酸取り込み量を測定した。

・若年(24±4歳)の男性12名がレジスタンス運動後に片脚ずつ8°Cと30°Cの水に浸漬し、筋微小血流とアミノ酸取り込みを比較した
・運動直後と冷却後、20gのアミノ酸摂取後の時間経過に応じて血流と筋生検を実施。
・超音波により筋の微小血流(血流量・速度・容積)を定量的に測定。
・冷却脚では血流量が大きく低下し、その後も回復せず。
・アミノ酸の筋タンパク質への取り込み量は冷却脚で約30%低下。
・血流量とアミノ酸取り込みには中等度~強い相関があった。

discussion
・冷却による微小血流の低下は最大約68%で、180分後でも回復していなかった。
・血流の変化は主に微小血流量の減少によるもので、速度には影響なし。
・アミノ酸取り込み低下は、微小血流量との強い相関が示された。
・従来の冷却による回復効果は主観的・心理的要素が強く、筋適応には不利な可能性。
・トレーニング効果を最大化したい人は、冷水浸漬の利用を再考すべきである。
・女性や高齢者では皮下脂肪の影響で効果が異なる可能性もあり、今後の研究が必要。



長年指摘されていることではありますが、アイシングと呼ばれるものをやることでトレーニング効果は下がるよ、といった話です。8度で冷やすということをやっていない人も多いかと思いますが、その場合はアイシングの効果に対して疑問を持とう、となってしまうので、しっかり冷やすか、冷やさないかという点がまずは大事です。そして冷やした場合は3時間経ってもアミノ酸の取り込みは減少したままなので、トレーニング効果はほぼ期待できないといっても良いでしょう。そうなると、心理的な面では回復につながるけれど、トレーニング効果は期待が出来ないから、つらいことをやったけれど効果があるのは回復した感。強くはなりにくい。そうなってしまうので、トレーニングとアイシングの組み合わせはやめましょう、となるかと思います。痛みが出て肉離れのような状態ならばまだしも、翌日の筋肉痛を予防するためにアイシング、といった習慣はやめた方がよいでしょう。女性に関しても恐らくはそんなにデータの違いは無いと思いますので。被験者の男性群、身長が183㎝±7で体重が80.9±6.9、BMIが24.2±2.3、脂肪の量が10±2.2とそれなりにガッシリした身体ですから、違いはあるかもしれませんが、それなりに運動をしている女性であれば近い数字になってくると思いますので。